株主総会の想定問答を作る仕事に、何年か関わった。五月の連休明けから六月の総会まで、法務と経理と広報が一部屋にこもり、株主から来そうな質問を数百本書き出し、一本ずつ答えを用意する。あの作業の疲労は独特で、終わる頃には、どんな質問にも条件反射で答えられる体になっている。そして毎年、実際の総会で出る質問の大半は、用意した数百本のどれかに当たった。株主の質問は、こちらが想像できる範囲に、だいたい収まっていた。
その前提が、この一、二年で崩れ始めている。こちらが想定問答をAIで作るようになったのと同じ速さで、株主の側もAIで質問を作るようになった。今日は、想定問答にAIを使うことの線引きは変わっていないことを確かめたうえで、変わったのは何かを書く。
線は、去年と同じ場所にある
最初に、変わらないことを押さえておく。想定問答を作る作業そのものは、AIの得意分野だ。開示資料と決算短信と過去の議事録を渡せば、株主が聞きそうな質問と答えの下書きは、一晩で数百本出てくる。私たちが一部屋にこもっていた作業の大半は、いまなら数時間で終わる。
一方で、AIに渡してはいけない線も、動いていない。法律で開示が決まっている事項は、開示資料の文言から外れた答えを作らない。まだ公表していない業績や契約に触れる答えは、作る以前に、その情報をAIに入れない。確定していない方針を、確定したかのように答えない。この三つの線は、AIがどれだけ賢くなっても、人間が引く。線の場所は、去年も今年も同じだ。変わったのは、線の内側と外側で起きていることだ。
変わったこと一つ目——株主の質問が、鋭くなった
最大の変化は、質問を作る側にAIが入ったことだ。個人の株主が、公開されている有価証券報告書や過去数年の総会の議事録をAIに読ませ、「この会社に聞くべき質問を十本」と頼む。すると、過去の答弁の矛盾、セグメントごとの数字の不自然な動き、他社と比べて説明の薄い項目が、きれいに並んで出てくる。以前なら、証券アナリストや機関投資家しか持ち込めなかった精度の質問を、個人の株主が持ち込める。
これは、こちらの想定問答の作り方を変える。「株主が聞きそうなこと」を想像するのではなく、「公開資料をAIに読ませたら何を突かれるか」を、こちらが先にやる。自社の開示資料を、株主と同じ条件でAIに読ませ、矛盾と薄い場所を洗い出す。想定問答の出発点が、想像から、公開資料の自己点検に移った。一部屋にこもって質問を想像していた頃とは、作業の性質が違う。
変わったこと二つ目——答弁が、似てくる
もう一つの変化は、こちら側に起きている。各社がAIで想定問答を作ると、答弁の型が似てくる。同じ種類のAIに、同じ種類の資料を渡せば、同じ種類の答えが返るからだ。丁寧で、無難で、反論されない答弁。株主総会は公開の場で、他社の総会の様子も伝わる。型の揃った答弁は、株主の側から見れば「AIが答えている」と分かる。そして、AIが答えていると分かった答弁は、信用されない。会社が自分の言葉で答えていない、と受け取られる。
だから、想定問答の下書きをAIで作ったあと、最後に要る作業が一つ増えた。答弁を、自社の言葉に戻す工程だ。経営者が実際に使う語彙、その会社の事業の具体、去年の総会で実際に言ったことへの接続。型から外して、顔の見える答えにする。これは、AIが書けなかった部分を人間が戻す作業で、文章の編集と同じ構造だ。
自社の言葉に戻す作業には、手がかりがある。過去の総会で経営者が実際に口にした答弁を、数年分集めておくことだ。その会社の経営者が、利益をどう呼び、顧客をどう呼び、失敗をどう語るか。その語彙の束を、AIの下書きに当てて、型の言葉を自社の言葉に置き換える。さらに、去年の答弁と今年の答弁の接続を確かめる。去年「検討する」と答えた項目に、今年はどう答えるか。株主は去年の答弁を覚えていて、AIで突き合わせてくる。接続が切れていれば、そこを突かれる。
答弁に顔が戻ると、株主の側の受け取り方も変わる。型どおりの答えには型どおりの再質問が来るが、自社の言葉で語られた答えには、その言葉に沿った対話が生まれる。総会は、問答の数を競う場ではなく、会社が自分の言葉を持っているかを確かめる場だ。
線は動かず、勝負の場所が動いた
私は想定問答の作成にAIを使うことに賛成で、一部屋にこもる季節が短くなるなら、それは歓迎すべき変化だ。ただ、勝負の場所が動いたことは、認識しておいたほうがいい。以前の勝負は、どれだけ多くの質問を想像できるかだった。いまの勝負は、株主と同じ道具で自社を点検できるか、そして型の揃った答弁を自社の言葉に戻せるか、に移った。
株主がAIで質問を作る時代、想定問答の価値は、答えの数ではなく、答えの顔にある。三つの線の内側で、自社の言葉で、自社の具体で答える。線を引くのは人間、言葉に戻すのも人間。AIは、その二つのあいだを、かつてなく速く埋めてくれる。一部屋にこもっていたあの季節を思い出しながら、私は、これを悪い変化だとは思っていない。
アイキャッチ画像はAI生成です。
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