地方は物価が安い、の「安い」は八パーセントしかない

地方の取引先を回っていた頃、向こうの担当者からよく言われた。「こっちは物価が安いから、給料が低くても暮らせますよ」。本当だろうか、とそのたびに思った。確かに定食は安い。家賃も安い。だが、その担当者は車を二台持っていて、ガソリン代と保険料と車検代の話になると、急に顔が曇った。安い、の中身は、定食と家賃だけで語れるほど単純ではなさそうだった。

今日は、「地方は物価が安い」の「安い」が、どれくらいの大きさで、何でできているのかを、公表統計で確かめる。結論を先に書くと、物差しの上での「安い」は、思っているより小さい。

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いちばん高い街と、いちばん安い街の差は8ポイント

総務省の消費者物価地域差指数は、全国を100として、地域ごとの物価の水準を測る。2024年の結果で、都市別に最も高いのは東京都区部の104.9。川崎市104.2、横浜市104.0と続く。最も低いのは鹿児島市の96.5だ。つまり、日本でいちばん物価の高い街と、いちばん安い街の差は、8.4ポイントしかない。東京の定食を100円とすれば、鹿児島の定食は92円。この差を「物価が安い」と呼ぶなら、呼べる。だが、暮らしが丸ごと安くなるほどの差ではない。

消費者物価地域差指数(2024年・全国=100)── 最高と最低の差は8.4 全国=100 東京都区部 104.9 川崎市 104.2 横浜市 104.0 鹿児島市(最低) 96.5 出典:総務省「小売物価統計調査(構造編)2024年 消費者物価地域差指数」都市別。 目盛り:指数1=5px(原点0)。持家の帰属家賃を含まない。

なぜ差が小さいのか。この指数は「同じものを買ったらいくらか」を測る物差しだからだ。全国チェーンの店で売られる同じ商品の値段は、どこでもほぼ同じだ。電気料金も、通信料金も、ガソリンも、地域差は小さい。地方で安いのは、土地に根ざしたもの——家賃と、地元の食材と、地元の店のサービス——に限られる。暮らしの買い物の多くは、全国価格でできている。

「安い」の裏で、車が家計を食べている

ここで、取引先の担当者の曇った顔に戻る。物価指数には映らないが、地方の暮らしを確実に重くしているものがある。車だ。東京都の家計では、交通・通信の支出が月37,842円で、全国平均の41,588円を下回る。全国の0.91倍だ。東京は車を持たずに済む町で、地方は車がないと暮らせない。車の購入、燃料、保険、車検、駐車場。この費用は、物価が「安い」地域ほど、家計の中で大きな塊になる。物価指数が測る「同じものの値段」では安くても、暮らしに必要な「ものの種類」が違う。地方の暮らしには、東京の暮らしにはない大きな固定費が、最初から組み込まれている。

さらに、物価指数の総合は、持ち家に住む人が仮に払うはずの家賃を含んでいない。地方は持ち家率が高い。家賃を払っていない世帯が多いから、「家賃が安い」は実際の家計には現れにくい。安いはずの家賃は、持ち家の人には最初から存在せず、代わりに、固定資産税と修繕費と、相続した家の維持が乗ってくる。

地方の家計で大きくなる費目は、車だけではない。持ち家の固定資産税と修繕、冬の暖房費、そして親から受け継いだ家の維持。東京の家計では小さいこれらが、地方では月々の固定費として座っている。逆に、東京の家計で大きい教育費や外食費は、地方では小さい。つまり、東京と地方の暮らしは、費目の顔ぶれが入れ替わっている。同じ費目を比べても、総額を比べても、暮らしの高さは測れない。測れるのは、「どの費目が、その土地で大きいか」という構成の違いだ。物価指数の8ポイントは、この構成の入れ替わりを、最初から見ていない。

「安い」を引き算で見るようになると、移住や転勤の損得の計算も変わる。家賃が半分になる、と喜ぶ前に、車を何台持つことになるか、持ち家なら固定資産税と修繕がいくらか、冬の暖房費はどれだけ増えるかを足す。足し終えてから、物価の8%を引く。その順番で計算した人と、8%だけ見て決めた人では、一年後の家計簿が違う顔をしている。数字は、どこまで足してから引くかで、答えが変わる。

「安い」は、足し算ではなく引き算で見える

結局、「地方は物価が安い」の正確な言い方は、こうなる。同じものを買う値段は8%ほど安い。家賃は安いが、多くの人は家賃を払っていない。そして、東京にはない車の費用が、毎月かかる。安さの8%から、車の費用を引いた残りが、本当の「安い」だ。担当者が「給料が低くても暮らせる」と言ったのは、この引き算をする前の、物価指数の顔だった。曇った顔は、引き算をした後の、家計の顔だった。

私は地方の暮らしを悪く言いたいわけではない。広い家、短い通勤、車で行ける自然。暮らしの質は、物価では測れない。ただ、「物価が安いから」という理由だけで地方の給与水準や、移住の損得を語るのは、物差しの癖を知らずに数字を使っている。AIに「地方と東京の生活費の差」を聞けば、地域差指数の8ポイントが返ってくる。そこから、車の費用と持ち家の事情を引き算するのは、その土地を知っている人間の仕事だ。

次に「地方は物価が安い」と聞いたら、一度だけ聞き返してみてほしい。それは、同じものの値段の話ですか、それとも、暮らしに必要なものを全部足した話ですか。前者なら8%。後者なら、車の鍵を手にしたところから、計算はやり直しになる。

アイキャッチ画像はAI生成です。

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構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。

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この記事を書いた人

法務・財務・内部統制・情報セキュリティの実務を経て、AI時代の企業支援へ。バックオフィスの現場で見てきたことを、そのまま書いています。

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