人手不足は、平均では起きていない

採用の窓口に座っていたことがある。バックオフィスの何でも屋をやっていた頃で、求人を出すのも、応募をさばくのも仕事のうちだった。そこで奇妙なことに気づいた。事務の求人を一つ出すと、応募が束になって届く。ところが、現場寄りの職種で募集をかけると、来ない。待っても、媒体を変えても、来ない。同じ会社が、同じ時期に、同じ熱意で募集をかけて、これだけ違う。

いま、どこへ行っても「人手不足ですね」が挨拶のように交わされる。だが、あの窓口の記憶があるから、私はこの言葉を聞くたびに、誰の話をしているのかが気になる。日本全体が人手不足だ、という言い方は、半分しか正しくない。数字で確かめてみる。

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平均1.18倍の下に、別々の世界がある

使うのは、厚生労働省が毎月出している有効求人倍率だ。仕事を探している人1人に対して、求人が何件あるかを表す。1を超えれば求人のほうが多く、1を割れば人のほうが余っている。令和8年4月分で、全体は1.18倍。求職者1人に約1.2件の求人。これだけ見れば「やや人手不足」という穏やかな景色だ。

ところが、これを職業別に割った瞬間、景色が一変する。建築・土木・測量技術者は6.14倍。1人の求職者を6件の求人が取り合っている。介護サービスは3.22倍。営業は2.18倍。その一方で、一般事務は0.29倍。椅子ひとつに、3人以上が並んでいる計算だ。最も高い建築・土木と、一般事務のあいだには、およそ21倍の開きがある。

同じ国の、同じ月。職業で見た有効求人倍率(令和8年4月) 建築・土木・測量技術者 6.14倍 介護サービス 3.22倍 営業 2.18倍 接客・給仕 1.57倍 情報処理・通信技術者 1.47倍 全体(平均) 1.18倍 一般事務 0.29倍 出典:厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年4月分)」職業別・常用(除パート)。 倍率=求職者1人あたりの求人件数。1を超えると「人が足りない」、1を割ると「仕事が足りない」。

強調しておきたいのは、これが同じ国の、同じ月の数字だということだ。景気のいい年と悪い年を比べたのではない。令和8年4月の日本に、6.14倍の世界と0.29倍の世界が、同時に存在している。しかも、この職業の偏りは、土地の偏りと掛け算になる。建設の求人は再開発や災害復旧のある土地に厚く、介護の逼迫は高齢化の進んだ県ほど深い。事務の椅子は、そもそも本社機能が集まる都市部に偏って置かれている。つまり「どの職業が足りないか」は、「どの土地で」と組み合わせて初めて、実際に手が打てる解像度になる。平均から職業へ、職業から土地へ。割るほどに、景色は現実に近づいていく。

「人手不足」と「仕事不足」は、同時に起きている

0.29倍という数字を、もう少し眺めてみる。事務の椅子ひとつに3人以上。つまり事務職を探している人にとって、この国は人手不足どころか、仕事不足だ。あの採用窓口で見た「事務には束で届き、現場には来ない」は、私のいた会社の個性ではなく、国全体の構造だった。しかも事務は、AIやシステム化が最も進みやすい領域でもある。書類の転記、データの入力、定型の集計。私が普段の仕事で扱っているようなAIの得意分野が、そのまま事務の求人を細らせる方向に働く。0.29倍という数字は、この先さらに厳しくなる可能性のほうが高い。

反対側の6.14倍や3.22倍は、身体を使う仕事だ。現場で足場を組む、人の体を支える、席まで料理を運ぶ。AIがどれだけ賢くなっても、いまのところ代わりに足場は組めないし、入浴の介助もできない。皮肉な構図だ。AIに置き換えやすい職業には人が余り、置き換えられない職業には人が来ない。「AIが仕事を奪う」という言葉が飛び交うが、数字が示すのは逆の顔もある。奪われにくい仕事ほど、人が足りていない。

AIに聞く前に、職業の名前を言う

ここで、いつもの仕事の話につなげたい。「人手不足対策をAIに考えさせたい」という相談は、実際によくある。だが、いま見てきたとおり、「人手不足」とひとことで投げれば、AIは平均の世界——1.18倍のぼんやりした景色——に向かって答えを返してくる。採用媒体を増やしましょう、待遇を見直しましょう。間違ってはいないが、誰にも刺さらない。0.29倍の事務職場で採用強化を説いても意味がないし、6.14倍の建設現場に「業務効率化で乗り切る」だけを説くのも現実から浮く。

AIは、割り算の道具としては素晴らしい。職業別、地域別、月別。人間が手作業なら半日かかる切り分けを、一瞬でやってのける。この記事の図も、公表データを渡して整理させれば数分で形になる。だが、どの軸で割るかを決めるのは、こちらの仕事だ。「人手不足」を平均のまま扱うか、職業の名前で呼ぶかで、出てくる答えの質はまるで違う。道具の性能ではなく、問いの立て方が結果を分ける。

平均を見たら、割ってみる

「日本は人手不足だ」。この言葉は、これからも挨拶のように使われ続けるだろう。それ自体は構わない。ただ、その言葉で何かを決めるときは、一度だけ割ってみてほしい。誰が、どの職業が、どの地域が足りないのか。平均1.18倍の裏には、6.14倍の悲鳴と、0.29倍の行列が同居している。この二つに同じ処方箋は効かない。

人手不足は、平均では起きていない。いつも、具体的な職業の名前で起きている。次にこの言葉を聞いたら、聞き返してみてほしい。「それは、どの仕事の話ですか」と。その一言から、議論は初めて現実に着地する。

アイキャッチ画像はAI生成です。

次の成長に向けて、いま整えるべきことを。

AI、EC、マーケティング、採用、数値管理。
構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。

まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。

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この記事を書いた人

法務・財務・内部統制・情報セキュリティの実務を経て、AI時代の企業支援へ。バックオフィスの現場で見てきたことを、そのまま書いています。

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