わが家には、もうCDプレーヤーがない。音楽はすべてサブスクで聴く。何年も前にそうなって、不便を感じたことは一度もない。だから、世界の音楽業界のニュースがストリーミングの話一色でも、当然だと思って読んでいた。ところがある日、勤め先の若い同僚が、同じアイドルのCDを何枚も買ったと楽しそうに話しているのを聞いた。プレーヤーは持っていないという。再生されないCDが、売れている。この国では、何かが世界と違う形で動いている。今日は、その違いを数字で確かめる。
世界の音楽市場は、配信が七割
国際レコード産業連盟——IFPIという業界団体が、世界の音楽市場をまとめている。2024年、世界のレコード産業の売上は296億ドル。10年連続で成長し、その69%をストリーミングが占める。世界で音楽を聴くとは、いまや配信で聴くことと、ほぼ同じ意味だ。CDやレコードといった、手で持てる音楽——フィジカルは、全体の16%ほどまで縮んだ。しかもその内側で伸びているのは、意外にもレコード盤のほうで、18年連続の成長。CDは減り続けている。世界の風景は、はっきりしている。配信が主食、レコードが趣味の一皿、CDは静かに退場していく脇役だ。
日本だけ、絵が反転する
その世界地図の中で、日本は米国に次ぐ世界2位の音楽市場だ。小さな例外ではない。主要国のひとつだ。ところが、この2位の市場の中身を見ると、絵が反転する。日本レコード協会によると、2024年の音楽ソフト——CDや映像円盤——の生産金額は2,052億円。音楽配信の売上は1,233億円。いまだに、ソフトが配信を6割以上、上回っている。ストリーミングが市場に占める割合は34%。世界の69%の、およそ半分だ。
世界のフィジカル売上の大きな部分を、この国が一手に支えている。「CDは終わったメディア」という世界の常識は、世界2位の市場では、通用していない。念のために言えば、日本の配信が弱いのではない。配信売上1,233億円は11年連続で伸び、過去最高を更新し続けている。日本人も、聴くほうはとっくに配信へ移った。それでもなお、ソフトの山が細りきらない。伸びる配信と、粘るソフトが、同じ市場に同居している。この同居こそが、日本の特異な形だ。
日本のCDは、音楽の入れ物ではなくなった
なぜか。冒頭の同僚が、答えを先に言っている。プレーヤーを持たずにCDを何枚も買う人にとって、CDは音楽を聴くための入れ物ではない。特典が付き、イベントへの参加につながり、棚に並べて手元に置ける——応援を形にするための品だ。聴くだけならサブスクで足りることを、買う本人がいちばんよく知っている。その上で、買う。海外の統計が「音楽がどう聴かれたか」を数えているとすれば、日本のCD売上は、かなりの部分、「ファンがどう応援したか」を数えている。同じCDという品目の中で、数えられているものが、途中からすり替わったのだ。だから世界の物差しを当てると、日本だけが古い市場に見える。実際には、古いのではなく、別の営みがそこに写っている。海外でレコード盤が伸びているのと、根は同じだ。あちらでは、配信で聴いたうえで、好きな作品を大きなジャケットごと手元に置く。日本では、配信で聴いたうえで、好きな人を支える輪に加わる証としてCDを買う。音楽が空気のように流れるものになった時代に、人はかえって、手で持てる何かを欲しがる。その受け皿が、国によってレコードだったり、特典付きのCDだったりするだけだ。
世界の平均は、個別の市場を説明しない
ここに、データの見方のヒントがある。「音楽市場のトレンドは」とAIに尋ねると、返ってくるのは多くの場合、世界標準の絵だ。配信が主流で、フィジカルは衰退——世界全体では、その通りだ。だが、その絵を日本にそのまま当てはめて、たとえば「CD関連の事業はもう畳むべきだ」と判断したら、世界2位の市場で現に動いている2,052億円を、見ずに捨てることになる。逆もある。日本の感覚で海外に出れば、特典商法は通じない。市場はひとつずつ、固有の事情で動いている。世界平均は、その平均に、どの国もぴったりとは一致していない。
私は、こうした各国のデータ集めをAIに任せている。肯定して、使っている。ただ、機械が語る「世界では」という主語を、そのまま「日本でも」と読み替えないようにだけ、している。グローバルなデータで学んだ道具は、グローバルな平均像を答えの土台にする。ローカルの構造は、ローカルの数字で確かめる。この一手間は、音楽に限らず、これからあらゆる業界の分析で効いてくる。
再生されないCDが、世界2位の市場を支えている。奇妙に聞こえるなら、それは物差しのほうが世界仕様だからだ。次に「世界では」という言葉で始まる分析を見かけたら、続けて確かめてほしい。で、日本では、と。世界と逆を向いていることは、遅れていることと、同じではない。
アイキャッチ画像はAI生成です。
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