「平均賃金」の記事を見かけると、つい開いてしまう。開いたあとの行動は、多くの人と同じだと思う——自分の数字と見比べて、上だ、下だと一喜一憂する。数字好きの性分でこの手の統計を長年眺めてきたが、あるとき、都道府県の表で妙なことに気づいた。ほとんどの県が、「平均以下」なのだ。平均とは真ん中のことではなかったのか。今日は、この居心地の悪い発見を、最新の数字で確かめる。
平均賃金は、過去最高になった
厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、令和6年の一般労働者の賃金は、全国平均で月33万400円。過去最高で、前年からの伸びは3.8%、33年ぶりの水準だった。明るいニュースだ。都道府県別で最も高いのは、予想どおり東京都で40万3,700円。全国平均を2割以上、上回っている。ここまでは、驚きのない風景だ。
「平均以上」の県は、四つしかない
驚くのは、ここからだ。47都道府県のうち、この全国平均33万400円を上回っているのは、東京、神奈川、愛知、大阪——わずか四つしかない。残りの43道府県は、すべて「平均以下」だ。9割の県が平均に届かない。平均とは、皆の真ん中あたりにあるものだという感覚からすると、これはずいぶん奇妙な光景ではないか。
からくりは、平均という計算の性質にある。平均は、全員を足して頭数で割る。だから、飛び抜けて大きい値がひとつあると、そちらへ引きずられる。日本の場合、その重りが東京だ。全国の一般労働者のかなりの部分が東京圏で働き、その東京の賃金が突出して高い。東京という重りが、全国平均という線を、大多数の県の頭上まで持ち上げている。43の県が平均以下なのは、43の県が異常なのではない。平均のほうが、多数派のいる場所から浮いているのだ。線が高いのではない。重りが、偏っているのだ。
単純な例で確かめてみる。10人の村があって、9人の月給が30万円、1人だけ100万円だとする。この村の平均月給は37万円。全員を足して10で割れば、そうなる。だがこの村で37万円をもらっている人は、一人もいない。9人は平均を7万円下回り、1人は平均を63万円上回る。「村の平均は37万円」という数字は正確だが、村人の誰の暮らしも言い当てていない。日本の都道府県で起きているのは、規模こそ違え、これと同じことだ。
平均は、多数派の姿ではない
こういうとき、統計の世界では中央値——全員を並べたとき、ちょうど真ん中に来る値——を併せて見る。年収でも貯蓄額でも、平均は中央値より高いところに出ることが多い。ごく少数の大きな値が、平均だけを引き上げるからだ。「平均貯蓄額」のニュースに「そんなに持っていない」という声が殺到するのは、毎度の風物詩だが、あれは多くの場合、感覚のほうが正しい。多数派の実感を映すのは、平均ではなく中央値のほうだ。それでも世の中の見出しに平均ばかりが並ぶのは、平均のほうが取りやすく、計算が一度で済み、「過去最高」のような見出しを立てやすいからだ。数字の選ばれ方には、いつも数える側の都合が混ざっている。
賃金の話に戻すと、「全国平均33万円」という一本の線は、日本の労働者の典型的な姿を示していない。その線の上に4都府県、下に43道府県。この分布の偏りこそが、日本の賃金の本当の姿だ。平均は、分布を一つの数字に潰す。潰したときに失われるのは、いつも「偏り」の情報だ。そして地域の話では、その偏りにこそ、意味がある。
一つの数字に、分布を語らせない
ここに、AIとデータの付き合い方のヒントがある。AIに「日本の平均賃金は」と尋ねれば、33万400円という正確な答えが返ってくる。だが、その数字の上に4県しかなく、下に43県がある、という形までは、聞かなければ出てこない。集計や裏取りを機械に任せるのは、いい。私も日々そうしている。ただ、返ってきた一つの数字を、全体の姿だと思い込まないことだ。平均を聞いたら、中央値を聞く。中央値を聞いたら、分布を聞く。数字は、一つでは語らない。並べて初めて、形が見えてくる。
これは、実務でも同じだ。地方に出店する計画で「県の平均所得」を使えば、実際の客層より豊かな絵を描いてしまう。給与水準の設計で「全国平均」に合わせれば、東京の重りが乗った線に、東京以外の実勢を引き上げて合わせることになる。どちらも、間違った数字を使ったのではない。分布を潰した数字を、分布の代わりに使ったのだ。数字の誤用の多くは、嘘の数字ではなく、正しい数字の置き場所の間違いから生まれる。
「平均賃金、過去最高」。この見出しは、嘘ではない。だがその平均の下には、日本の43の道府県が、まるごと入っている。次に「平均」という言葉を見かけたら、いちど数えてみてほしい。その線の上に、いくつ残っているか。平均とは、真ん中のことではない。重りがどこにあるかを映す、ただの計算結果だ。そして真ん中は、いつも、自分で数えて探しに行くしかない。
アイキャッチ画像はAI生成です。
次の成長に向けて、いま整えるべきことを。
AI、EC、マーケティング、採用、数値管理。
構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。
まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。
