審査員は、AIの何を聞いてくるか

Pマークの担当をしていた頃、年に一度の審査の日は、朝から妙に部屋が静かだった。審査員が来て、台帳を開き、目的を確かめ、鍵のかかる棚の前で立ち止まる。質問は決まって、こうだった。この情報は、何のために、誰が、どこまで使っているか。答えに詰まると、その場の空気が少し冷える。あの緊張は、いまでも体が覚えている。

あれから何年も経ち、Pマークを持つ会社の現場にも生成AIが入ってきた。すると、当時の私なら間違いなく青ざめたであろう光景が、あちこちで起きている。顧客名の入った表を、そのままAIに貼って「要約して」と頼む。議事録の下書きに、取引先の担当者名が並ぶ。悪気はない。便利だからだ。だが、審査員の目で見れば、これは台帳に載っていない「外部への持ち出し」に見える。今日は、Pマークの現場で生成AIを使うとき、審査員がどこを見てくるかを、実務の順に考えたい。

目次

一つ目の問い——「何を入れているか」

最初に聞かれるのは、入力の範囲だ。どの業務で、どんな情報をAIに渡しているか。Pマークの肝は、個人情報の流れを台帳で追えることにある。AIへの入力は、その流れの新しい出口だ。出口が台帳に載っていなければ、管理の外で情報が動いていることになる。

だから最初にやるべきは、禁止でも解禁でもなく、棚卸しだ。誰が、どのAIに、何を入れているか。一枚の表にする。やってみると、たいてい二つのことが分かる。思ったより多くの部署が、思ったより気軽に使っていること。そして、入れているものの大半は、個人情報を含まない一般的な文章だということだ。問題は全体の一部にあり、その一部を特定できれば、残りは安心して使える。全部禁止は、この一部のために全部を止める判断で、審査の観点からも、業務の観点からも、筋がよくない。

二つ目の問い——「学習に使われるか」

次に審査員が確かめるのは、渡した情報が、AIの側でどう扱われるかだ。入力した文章が、そのサービスの学習に使われるのか、使われないのか。使われるなら、自社の顧客情報が、見知らぬ誰かへの回答の材料になる可能性が理屈の上では生じる。使われないなら、情報は自社の処理のために一時的に預けているだけ、という整理ができる。

この違いは、Pマークの言葉で言えば「委託」として整理できるかどうかの分かれ目だ。委託先として管理できる条件——学習に使わない契約、ログの保管期間、アクセスの範囲——が明文化されているサービスなら、従来の委託先管理の延長で扱える。明文化されていない無料の個人向けサービスに、業務の個人情報を入れているなら、それは委託ではなく、行き先の分からない提供だ。審査員が聞きたいのは、高度な技術の話ではなく、この区別が社内でついているか、という一点に尽きる。

区別をつけるには、契約書を三箇所だけ読めばいい。入力した内容を学習に使うかどうか。入力した内容をいつまで保存するか。そして、その処理を別の会社に再委託するか。この三つが書かれていて、納得できる内容なら、Pマークの委託先として台帳に載せられる。書かれていないなら、個人情報を含む業務には使わない。判断は、それだけだ。社内ルールも、この三点を満たしたサービスの一覧と、個人情報を入れてよい業務の一覧を一枚にまとめれば足りる。分厚い規程は要らない。審査員が見たいのは、分厚さではなく、現場の人間が迷わずに判断できる薄さだ。

三つ目の問い——「記録は残っているか」

最後は、記録だ。何を入れ、何が返ってきて、それをどう使ったか。万一、個人情報の扱いを問われたとき、経緯をたどれるか。AIとのやり取りは、チャットの画面に流れて消えやすい。だからこそ、業務で使う場合は、どの案件でAIを使ったかを残す習慣が要る。大げさな仕組みは要らない。案件の記録に「AIで下書き」と一行添えるだけでも、ないのとあるのとでは、審査の場での説得力が違う。

私はAIを使うことに賛成だし、Pマークの会社だから使えない、という結論には与しない。個人情報のルールそのものも、この夏、AIでの利用に条件つきの出口を作る方向で改正が決まった。流れは「使うな」から「説明できる形で使え」へ動いている。審査員が見に来るのは、使っているかどうかではなく、使い方を自分たちの言葉で説明できるかだ。

結局、聞かれるのは昔と同じことだ

三つの問いを並べて気づくのは、どれもAIが登場する前から、審査員が聞いてきたことだということだ。何を、どこへ、どう扱い、記録はあるか。対象が紙の名簿からAIの入力欄に変わっただけで、問いの骨格は一ミリも変わっていない。

だから、Pマークの現場で生成AIに向き合うとき、新しい教科書は要らない。あの審査の日の静かな部屋で、審査員に聞かれて答えに詰まった問いを思い出せばいい。この情報は、何のために、誰が、どこまで使っているか。AIの入力欄の前でその問いに答えられるなら、その会社はもう、次の審査の準備ができている。

アイキャッチ画像はAI生成です。

次の成長に向けて、いま整えるべきことを。

AI、EC、マーケティング、採用、数値管理。
構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。

まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。

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この記事を書いた人

法務・財務・内部統制・情報セキュリティの実務を経て、AI時代の企業支援へ。バックオフィスの現場で見てきたことを、そのまま書いています。

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