仕事柄、初対面の人にAIの話をすると、かなりの確率で同じ質問をされる。「結局、私たちの仕事は奪われるんですか」。私はこの質問に、いつも少し困る。脅かすつもりも、安心させるつもりもないからだ。ただ、自分の身に起きたことなら話せる。この数年で、私の仕事の中身は、AIにごっそり持っていかれた。調べ物、下書き、集計、要約。かつて私の時間の大半を占めていた作業は、いま機械がやっている。そして私は、失業していない。むしろ忙しい。この二つの事実のあいだに、あの質問への答えがある。
「仕事」は、かたまりではなく束だ
「AIに仕事を奪われる」という言い方には、仕事がひとつのかたまりだという前提が隠れている。経理という仕事。営業という仕事。それが丸ごと、ある日ロボットに持っていかれる——そんな絵だ。だが、自分の一日を思い出してほしい。仕事は、かたまりではない。細かい作業の束だ。私の場合なら、資料を探す、数字を集計する、文章を起こす、間違いを疑う、相手の顔色を読む、決める、謝る。この束のうち、AIが持っていったのは、探す・集計する・起こすといった何本かであって、束の全部ではない。疑う、決める、謝るは、まだ私の手元にある。奪われるという言葉は、この解像度の粗さを隠している。消えるのは職業名ではなく、束の中の何本かだ。
空いた手は、空いたままではいない
見落とされているものの一つめは、作業を持っていかれた後に、手が空くという単純な事実だ。銀行にATMが並び始めたころ、窓口の人はいなくなると言われた。実際に起きたのは、少し違うことだった。現金を数える作業が機械に移り、窓口の人の時間は、相談や提案に振り向けられていった。表計算ソフトが現れたとき、経理は絶滅するとささやかれた。集計の作業は確かに消えた。だが経理の人たちは、数字を作る仕事から、数字で語る仕事へと軸足を移した。作業が消えることと、人が要らなくなることのあいだには、いつも一段の飛躍がある。その一段を埋めるのは、空いた手で何を掴むかという、それぞれの選択だ。
誤解のないように言っておくと、これは「だから心配は要らない」という話ではない。現金を正確に数えることに誇りを持っていた人にとって、ATMは確かに脅威だった。束の組み替えには痛みが伴うし、新しい束に馴染めるかどうかは、年齢や環境によっても違う。あの質問に滲む不安には、根拠がある。ただ、不安の向け先が「AIが来るかどうか」になっているうちは、打つ手が無い。来ることは、もう決まっている。考えるべき問いは、来たときに、自分の束をどう組み替えるかのほうだ。
私自身がそうだった。調べ物と下書きに使っていた時間が返ってきたとき、私はその時間を、考えることと、確かめることに回した。AIの出した数字を疑い、裏を取り、どの問いを立てるかを練る。皮肉なことに、作業を手放してから、仕事の中身は前より頭を使うものになった。楽になったかと聞かれれば、なっていない。ただ、確実に、面白くはなった。
仕事の総量は、固定ではない
見落とされているものの二つめは、もっと大きい。「奪われる」という言葉は、世の中の仕事の量が決まっていて、それをAIと人間で取り合う、という絵を前提にしている。だが仕事の総量は、固定ではない。技術が何かを安くすると、そこに新しい仕事が生まれる。何より、いまの私の仕事がその証拠だ。AIをどう業務に組み込むか、どの作業を任せてどこに人を残すか——そういう相談に乗ることが、私の仕事の柱の一つになっている。この仕事は、十年前には存在しなかった。AIが仕事を持っていった、まさにその場所に、AIをめぐる新しい仕事が立ち上がっている。奪う者が、同時に雇用主でもあるという、妙な構図だ。
生まれているのは、私のような導入支援の仕事だけではない。AIの出した答えを確かめる仕事。AIに読ませるために、社内のデータを整える仕事。使い方を、現場の言葉で教える仕事。どれも、五年前の求人票には存在しなかった行だ。束の何本かが機械に移るたびに、その機械のまわりに、人間の新しい作業が生えてくる。この生え方までは、「奪われる」という一語からは、決して見えない。
「奪われる」は、待つ人の言葉だ
そして、いちばん見落とされているものは、言葉の中にある。「奪われる」は、受け身だ。この言い方を選んだ時点で、自分は何もせず、向こうから何かが起きるのを待つ、という立ち位置が決まってしまう。だが実際の分かれ目は、そこにはない。自分の束のうち、どの作業を機械に渡し、空いた手で何を掴むか。それを自分で決めた人と、決めずに待った人のあいだに、差はつく。AIと人間のあいだではなく、渡す側に回った人と、奪われるのを待つ人のあいだに、だ。
私はAIを肯定している。自分の作業を、これからも進んで渡していく。ただし、どれを渡すかを決めることだけは、渡さない。それを渡した瞬間に、あの質問の答えは「はい、奪われます」に変わる。
「AIに仕事を奪われますか」。今度聞かれたら、こう返そうと思う。奪われるのを待つ必要はありません。先に、渡してしまえばいい。渡すものを選ぶ側に回った人から順に、この話は、怖い話ではなくなっていきます——と。あなたの仕事は、かたまりではない。束だ。その束を最初にほどいてみせるのは、AIではなく、あなたであっていい。
アイキャッチ画像はAI生成です。
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