AIが書いた下書きを、初めて本気で編集したときのことを覚えている。整った文章だった。誤字はなく、論理も通り、構成も教科書どおりだ。直すところがない、と一瞬思った。だが読み返すと、どこか空っぽだった。何が足りないのかを探して、一文ずつ赤を入れていくうちに、気づいた。私が足していたのは、文章の巧拙ではない。固有名詞と、数字と、自分の体験と、そして「私はこう思う」という判断だった。削っていたのは、対句と、留保と、丸い結論だった。
あの作業を何度も繰り返して、編集とは何かが、前より少し分かった気がする。AIの下書きを人の文章にする編集とは、文章を上手くする作業ではない。AIが書けなかった部分を、戻す作業だ。今日は、その「戻す」の中身を、手順として書く。
まず、固有名詞と数字を戻す
AIの下書きは、具体を避ける。「ある企業では」「多くの場合」「大幅に改善した」。どれも嘘ではないが、どれも誰の話でもない。編集の最初の仕事は、ここに固有名詞と数字を戻すことだ。どの業種の、どんな規模の会社で、何が、どれだけ変わったか。自分が知っている事実を、一般論の穴に埋めていく。この作業をすると、文章の長さはほとんど変わらないのに、重さが変わる。読者は、具体のあるところで立ち止まり、具体のないところを読み飛ばす。
ただし、ここで気をつけることがある。戻す数字は、自分が確かめたものに限る。AIは、数字が欲しそうな場所に、それらしい数字を置くことがある。その数字をそのまま残すのは、編集ではなく放置だ。出どころを言えない数字は、戻すのではなく、削る。具体を足す作業と、根拠のない具体を抜く作業は、同じ手順の表と裏だ。
次に、体験を戻す
AIには体験がない。だから下書きには、「私はこういう場面に居合わせた」という一人称の記憶が、一切ない。ここを戻すのが、編集の二番目の仕事だ。文章の入口に、自分が実際に見た場面を置く。本論の途中に、自分が失敗した話を差し込む。体験は、文章に身体を与える。読者は、論理には反論できても、体験には反論できない。「私はそう見た」と書かれたものは、その人の事実だからだ。
体験を戻すとき、文章の順序も変わることが多い。AIの下書きは、定義から入り、一般論を経て、結論に至る。人の文章は、場面から入り、疑問を立て、それから定義に戻る。順序を入れ替えるだけで、同じ内容が別の文章になる。編集で最も効く一手は、たいてい段落の並べ替えだ。
最後に、判断を戻す
三番目が、いちばん重い。AIの下書きは、結論のところで必ず両論を並べる。利点も欠点もある、状況に応じて判断を、と。編集の最後の仕事は、この丸い結論を、自分の判断に置き換えることだ。どちらかに傾ける。「私はこう思う」と言い切る。反論が来る側に、自分の名前で立つ。
この作業は、文章の技術ではなく、覚悟の問題だ。だから編集の中で、いちばん時間がかかる。何を削るかは機械的に決められるが、何を言い切るかは、自分で決めるしかない。私はAIに下書きを任せることに賛成で、速さも抜けのなさも認めている。だが、この最後の判断だけは、どれだけ道具が賢くなっても、人間の側に残ると思っている。文章の責任は、言い切った人間が負う。AIは責任を負えないから、言い切らない。言い切らない文章が空っぽに見えるのは、責任の不在が透けて見えるからだ。
この作業をしていると、時間の配分が、以前と逆転していることに気づく。かつては、書くのに何時間もかけ、見直しは数十分だった。いまは、下書きが数分で出て、編集に何十分もかける。文章にかける時間の総量はさほど減っていないが、使い道が、書くことから、戻すことへ移った。そして、戻す作業のほうが、書く作業より、その人の判断を要求する。何を足すかは、何を知っているかで決まり、何を言い切るかは、何を引き受ける覚悟があるかで決まる。編集は、書くより楽な仕事ではなく、書くより自分が問われる仕事だ。
だから、AIの下書きを前にしたときの問いは「どこを直すか」ではなく「何が欠けているか」に変わった。直す箇所を探すと、文章はすでに整っているので、見つからない。欠けているものを探すと、固有名詞と数字と体験と判断が、決まって欠けている。問いを変えるだけで、編集の手は動き始める。
削るものは、足すものの裏返しだ
戻すものを三つ書いたので、削るものも添えておく。対句と三つ組は、一つに絞る。留保は、言い切りに直す。段落の頭で前の段落をまとめ直している文は、削る。そして丸い結論は、傾けた結論に替える。気づくと思うが、削るものは、足すものの裏返しだ。対句を削って具体を足し、留保を削って判断を足す。編集とは、AIが安全のために置いたものを外し、人間が責任をもって置くものに替える作業だと言っていい。
AIの下書きを前にしたら、文章を上手くしようとしないことだ。上手さなら、すでに足りている。足りないのは、固有名詞と、数字と、体験と、判断——AIが持っていないものだけだ。それを戻した文章は、少し不格好になる。だが、誰が書いたかが分かる文章になる。編集の仕事は、そこで終わる。
アイキャッチ画像はAI生成です。
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