地方の取引先を回っていた頃、ある県の介護施設で聞いた言葉が忘れられない。「求人を出しても、応募してくる人の平均年齢が、入居者とそう変わらない」。冗談めかした言い方だったが、目は笑っていなかった。人が足りない、という話は全国どこでも聞いた。だが、その「足りなさ」の質は、土地によって違っていた。都会で足りないのと、その県で足りないのとでは、同じ言葉でも中身が違う。
人手不足を都道府県で見るとき、私たちは倍率の高低だけを地図に塗りがちだ。今日は別の塗り方を試したい。足りない職業の地図を、年齢の地図に重ねる。すると、人手不足が「どこで」深いかだけでなく、「なぜそこで」深いかが見えてくる。
職業の不足は、全国で同じ顔ではない
厚生労働省の令和8年4月分で、有効求人倍率は全体で1.18倍。職業別に割ると、介護サービスは3.22倍、一般事務は0.29倍と、大きく開く。都道府県別に見ると、働く場所で数えた就業地別で、最も高い福井県が1.73倍、最も低い大阪府が0.95倍。同じ月に、求人が人の1.7倍ある県と、人の数を下回る府が同居している。
ここで止まると「福井は人手不足、大阪は余っている」という地図になる。だが、その県で足りないのは何の職業か、という問いを足すと、地図の読み方が変わる。県ごとの職業別の倍率は各地の労働局が個別に公表していて、全国を一枚にした公式の表はない。だから私は、ここで数字を作らない。代わりに、職業の不足と強く結びついている別の公的な数字を重ねる。年齢構成だ。
高齢化率の地図を、重ねてみる
総務省の人口推計で、2024年10月時点の65歳以上の人口割合は、全国で29.3%。最も高いのは秋田県の39.5%で、高知県36.6%、青森県と徳島県が35.7%と続く。最も低いのは東京都の22.7%、次いで沖縄県24.2%、愛知県25.8%。秋田と東京のあいだには、17ポイント近い開きがある。
介護の求人倍率が全国で3.22倍という数字は、この地図の上に乗せると別の意味を帯びる。高齢者の割合が4割に迫る県では、介護の需要は東京の倍近い密度で発生している。しかも、その需要を満たすはずの働き手も同じ県にいて、同じように高齢化している。冒頭の施設長の言葉は、このことを一言で言い当てていた。需要が増える場所で、供給は細る。介護の人手不足が地方で深いのは、介護という職業の問題である前に、その土地の年齢構成の問題だ。
重ねると、処方箋が変わる
この重ね方が効くのは、打つ手が変わるからだ。都市部で介護人材が足りないなら、他業種との賃金や労働条件の競争が主因で、待遇と採用の話になる。高齢化率が4割の県で足りないなら、そもそも働き手の母数が細っているので、待遇だけでは埋まらない。県外からの流入、外国人材、あるいは少ない人数で回すための機器や仕組み——手当ての種類が違う。同じ「介護が足りない」でも、年齢の地図を重ねると、東京と秋田では別の問題だと分かる。
東京の側にも、重ねて初めて見えるものがある。高齢化率が22.7%と最も低い東京で介護人材が足りないのは、需要の密度ではなく、隣にある他の仕事との競争のせいだ。同じ街に、事務も販売も飲食もITも、無数の求人がある。介護は、その全部と働き手を取り合っている。だから東京の介護の不足は、賃金や労働条件の相対的な位置の問題で、秋田の不足は、働き手の母数そのものの問題だ。倍率が同じ3倍台でも、片方は条件で動き、片方は条件だけでは動かない。
福井県の1.73倍という高さも、年齢の地図と一緒に読むと別の顔を見せる。倍率は求人を求職者で割った数字だ。求人が多くて高くなることもあれば、求職者が少なくて高くなることもある。若い世代が県外へ出ていけば、分母の求職者が細り、求人がそれほど増えなくても倍率は上がる。高い倍率は、その土地の活気の証明であると同時に、働き手の流出の証明でもありうる。どちらなのかは、倍率だけでは分からない。年齢構成と人口の動きを横に置いて、初めて読み分けられる。
AIに「地域別の人手不足対策」を聞くなら、倍率の地図だけでなく、この年齢の地図も一緒に渡したい。二枚を渡せば、AIはきれいに重ねて見せてくれる。だが、どの二枚を重ねるかを選ぶのは、こちらの仕事だ。倍率と年齢を重ねるという発想そのものは、現場で「応募者の平均年齢が入居者と変わらない」と聞いた人間の側から出てくる。
足りないのは人ではなく、若さの分布だ
人手不足の地図を一枚だけ見ていると、県の名前と倍率の高低だけが残る。年齢の地図を重ねると、足りない職業と、足りない理由が、土地ごとに立ち上がってくる。介護が深く足りない県は、高齢者が多く、働き手も高齢で、需要と供給が同じ方向に傾いている県だ。
次に都道府県別の人手不足の話を聞いたら、その県の高齢化率を一つだけ思い出してみてほしい。秋田の39.5%と東京の22.7%。この差を知っているだけで、同じ「足りない」が、別の顔をして見えてくる。
アイキャッチ画像はAI生成です。
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